Diary亭日乗

お薬師さんの手づくり市

山田衣純
お薬師さんの手づくり市
私、なんで自転車で来ちゃったんだろ。曇り空の昼下がり、私は住宅街で途方に暮れていた。お昼前には、薬師堂に着いているはずだった。今日は月に一度の手づくり市。毎月8日に開かれるこの市が、ちょうど週末に重なることなんて、めったにない。薬師堂は初めてだけど、近くのお寺には毎年お墓参りに行く。地図は頭に入っているつもりだった。あの辺は、車も停めにくそうだし、自転車で行こう。そうだ。息子も連れてお弁当を持ってサイクリングだ。電車ごっこ中の息子も、「おいしいパンとお菓子のお店があるんだけど、行かない?」と声をかけると、乗り気になった。
というわけで、やる気満々で自転車で出かけたものの、薬師堂は遠かった。そして今、道に迷っている。不穏な空気を察して、息子もぐずり始めた。そういえば、お墓参り、いつも車のナビ頼りだものね。買い物袋をさげたおばあさんに道をたずねると、「このまままっすぐだけんど、あんた、随分遠いよ?大丈夫?」と心配される。今さら引き返せませーん。息子を励ましながら、ひたすら自転車をこぐ。
途端に視界が開けて、五色の旗がたなびく大きなお寺が現れた。参道にはテントがひしめき、たくさんの人で賑わっている。薬師堂だ。ああ、良かった。ほっとして自転車を停める。雑貨にお菓子にパン、野菜に果物、お米、漬物、お餅、おや、薬師堂の瓦を持ち上げられるコーナーまである。どこのお店も活気があって、皆のんびり買い物を楽しんでいる。息子に手を引かれるままに、メロンパンと竹とんぼを買う。竹とんぼを作っているおじさんは、定年後に趣味で木工を始めたらしく、竹とんぼの値札には、「よく飛ぶ!!!」と力強い筆使いで書いてある。ひとまず息子の要求を満たしておいてから、じっくり私の買い物だ。さっきの山形の麹屋さんはどこだっけ、とうろうろしている内に、小さな木彫りの野鳥がずらりと並んでいるお店に出くわした。どれも本物そっくりで、色鮮やかだ。鳥好きにはたまらない。思わず店主のおじさんと話し込んでしまう。定年後に木彫を始めたおじさんは、今は野鳥の会のメンバーからも注文を受けるほどの腕前だそう。先ほどの竹とんぼのおじさんといい、定年後のおじさん達の、誰かを楽しませたいという思いには頭が下がる。
息子は、広場で竹とんぼを飛ばし始めた。確かによく飛ぶなあ。私はルリビタキの小さなブローチに、麹とスコーンを買って、大満足。帰りの足取りも軽い。そろそろ雨が降りそうだ。今日は家でコーヒーを淹れて、甘酒を作ろう。