Diary亭日乗

美術館講座1「戦後からの出発ー日本の芸術家たち」

山田衣純
美術館講座1「戦後からの出発ー日本の前衛芸術家たち」
美術館講座1「戦後からの出発—日本の前衛芸術家たち」

少し早く着いてしまった。

一人で美術館に来たのはいつぶりだろう。


いつもなら、着替えやお弁当や水筒の入ったカバンを肩にかけて、

走る息子を追いかけて、受付を素通りし、

カフェの奥にある創作室に向かう。

大工に憧れている息子は、

木工用の道具が揃っている創作室が、大のお気に入りだ。

朝から夕方まで、入り浸ることもある。


今日は珍しく夫が休みで、

一人で出かけてきたら、と言われたものの、

あいにくの雨。

街中をぶらつく気にもなれないし、

急に行きたいところなんて、思い付かない。


手帳を開いたら、

たまたま挟んでいたDiaryの「美術館講座」が、

目に飛び込んできた。


そうだ。美術館に行こう。

あそこのカフェでフルーツタルトを食べたい。

今、何の展覧会をしてるんだっけ。

ネットを検索すると、

『わが愛憎の画家たち針生一郎と戦後美術』。

針生一郎…。

聞いたことのない名前だ。

でもとにかく、美術館の持つあの静けさに浸りたかった。


2階の展示室は、

ほどよくしっとりした空気につつまれ、

時折、誰かの咳払いが聞こえた。

戦争をくぐり抜けた画家たちの絵の密度に圧倒されながら、

そろそろと進む。

針生一郎は、戦前生まれの仙台出身の批評家で、

キャプションには反骨精神あふれる彼の言葉が並んでいた。


一枚の絵の前で、足が止まった。

画家の名前は、池田龍雄。

今日の美術館講座の講師だ。

タイトルは『反原爆シリーズ・埋められた魚』。

ビキニ諸島で行われた水爆実験がモチーフらしい。

一体、どんな人なのだろう。

何となく申し込んだ美術館講座だったけれど、

途端に興味がわいてきた。


講堂は、ほぼ満席で、

若い女性学芸員が、熱っぽく今回の展覧会の意義を語っていた。


彼女からマイクを渡され、

黒い服の小柄な老人が話し始めた。

特攻隊員として迎えた敗戦、

自由を求め、前衛芸術家として歩み始めた戦後、

安保闘争の挫折、

個人が時代の流れに逆らう杭として生きる大切さ、

よどみなく話は続き、

あっという間に質疑応答になってしまった。


一人の前衛芸術家の生き方を追体験するような講演だった。


流されないとやっていけない。

流される度にいつもそう思う。

でも、あれから「流れに逆らう杭」という言葉が、

呪文のように頭の中で響いている。