グラスルーツ・マガジンズ ー文芸編ー

渡部直子さん(仙台文学館 主任・学芸員)

インタビュー:渡部直子さん(仙台文学館 主任・学芸員) 


 仙台文学館では主に仙台・宮城で発行されている文芸誌を、発行団体や発行者にご寄贈をいただいて収集・所蔵しています。その多くは短詩型である短歌、俳句、川柳の会員誌です。創られる方の多くは先生に学び、また会員同士で切磋琢磨なさっています。会員の作品の中から先生の選を通ったものを集め、あわせて会員外にも発表することが、発行の主な目的です。

 こうした会員誌に対して、同人誌では作者らが共同で編集・発行を行います。また、一人の方が編集や発行を行う個人誌という形態もあります。

 文芸のジャンルとしては短詩型の他に、「詩」(自由詩・現代詩)や、随筆、小説、批評・評論などがあります。またこうした特定ジャンルの専門誌に対して、そのいくつかを含む総合誌もあって、実に多彩です。

 こうした文芸誌は作者の方々の大切な発表の場ですが、決してそれだけにとどまりません。どの雑誌にも編集方針がありますし、執筆者同士の研鑽がありますし、刊行にあたっての校正も行われます。文学においてこうした文芸誌の果たす役割は、質量ともに決して小さくないのです。

 明治期に仙台で発行された『新韻』という文芸誌は、同人の作品を掲載するほか、中央で発行されている文芸誌の情報を紹介するページがありました。全国の動きに目配りをしながら、創作に励む姿勢が感じられます。大正から昭和にかけては、様々な文芸誌が発行されました。編集後記などから、互いの文芸誌を献呈しあっていたことがわかっており、また互いの雑誌を意識した発言なども見られました。高らかにうたってはいませんが、切磋琢磨しながら郷土の文芸の充実や向上を意識していたことが伺えます。


 いわゆる地元を意識したといえるものとしては、童謡雑誌『おてんとさん』が挙げられます。

大正末、全国で発行された雑誌『赤い鳥』に触発されて、「みやぎの子どもにはみやぎの童謡を」という思いのもと誕生しました。地元の若者や子どもたちの作品が掲載される一方、野口雨情や、山村暮鳥、竹久夢二ら、当時中央で活躍していた詩人たちも作品を寄せていました。宮城の児童文化運動の一翼をになった雑誌と言っても過言ではありません。


 また東京で編集・発行され、全国で販売している商業文芸誌に対して、「地域の文芸を興す」という目的で発行された文芸誌もありました。戦争が終った翌1946年の2月に創刊された『東北文学』(河北新報社発行)には、そうした想いが溢れています(*01)。創刊号の執筆者には地域の著名な文人たちだけでなく、武者小路実篤、壷井栄、石坂洋次郎らも名を連ねていますし、後には太宰治も寄稿しました。

 この『東北文学』について、仙台文学館はご寄贈いただいたり、購入するなどして、1950年に休刊するまでの全ての号を所蔵しています。過去には、『東北文学』の軌跡をご紹介する展示も開催しました。


 会員誌の多くは地域性よりも、会の中心となっている先生や選者の方の影響が大きいと思います。文芸誌に潜む「地域性」について、語れるほどの情報を持ち得ていませんが、県内で編集・発行されている文芸誌には、その地域ならではの発信をしようとする姿勢がみられるものもあります。また長く続いている『日曜随筆』という文芸誌では、執筆当時の生活や風俗などが記されているため、地域の記録としても大変に貴重です。

 文芸誌の中心はあくまで作品ですが、私は最後のページの「編集後記」を読むのがとても好きです。先ほども少し触れましたが、編集にあたった方の想いが記されていますし、編集・発行の苦労話や、他の文芸誌を意識した文章などもあります。大正末期から昭和初期のものには、特に熱い想いが感じられますね。


 仙台・宮城で発行されている文芸誌の全てを把握しているわけではないので確かなことは言えませんが、その数は以前より減っているものと思われます。社会の変化やインターネットの普及などの影響を受けて、地域の文芸誌の状況はこれからも変わって行くでしょう。

 文学は美術や音楽に比べて、地域で生まれた作品やその作者に触れていただくことが難しいと言えます。その意味でも地域の文芸誌が存在することは重要ですし、どんな人たちがどんな想いでつくっていたのかを、後世に伝える資料としての役割も果たしていると思います。


 仙台文学館では所蔵する資料について、状態にもよりますが、閲覧していただくことができますし、お問い合わせにお答えしたりしていますので、どうぞご利用ください。また宮城ゆかりの文芸誌のご寄贈もお待ち申し上げています。

(インタビュー:2015年2月13日)


*01:たとえば第二号の「編集室から」には次のような一文がある(新字新かなに改めた)。

 東京以外の地方で、水準を落さず、読者にも筆者にも感激をもたれ得る文学誌の刊行という、全く新開拓のボーリングをすすめる試ろみに対して、野火の燃えひろがるような希望を感じている。(宮崎泰二郎)

〈取材・構成:大泉浩一〉