Diary亭日乗
美術館講座2「批評の英雄時代―戦後美術と戦後批評の成立」
岩松伸幸
美術館講座2「批評の英雄時代―戦後美術と戦後批評の成立」
宮城県美の美術館講座へ。
シリーズ講座の2回目で、前回も参加した。
その時はおじいちゃんの先生が戦争直後の日本美術界のいろいろを話してくれた。
「戦後は貧乏だったけどエネルギッシュで自由だった。」
と言う話を聞いてなんとも羨ましかった。
僕に見える範囲の前代は貧乏な上につかれていて不自由な気もしたけど、
自分がそうだというだけかもしれないと感じた。
今日はどんな話が聞けるのだろうか。
カブで荒巻から北山トンネルを南進。大学病院を越えて西公園。
立町小学校の前でお巡りさんが道路封鎖。
陛下がいらっしゃる?と一瞬嬉しくなるが、こんな田舎に用も無いだろうと考えを改める。
一瞬間を置いて、
防災会議の存在に気がついた、、、。めんどくさい、迷惑だ。
お巡りさんに封鎖エリアを聞く。
仲の瀬橋も大橋もダメだという。
美術館に行きたいと伝えるが、お勧めルートに悩んでらっしゃる。
らちが明かないので、上流の牛越橋か?と思うが、その間にもう一つ橋があった気がする。
脳内の地図がぼやけている。
小さい子ころ支倉町の奥の坂道を自転車で下った覚えがある。その道で行くことにした。
坂に着くと一方通行のマーク。原付で下ると違反なのでエンジンを切って手で押す。
無事に橋に辿り着いた、向こうに美術館の建物が見える。ビクトリー!!
通ると色々思い出すもので、小さい子とおばあちゃんと一緒にこの辺りを散歩した。
「ここの高校さ通って、あっちの大学さはいれよー」と言われた記憶がある。
二高から東北大学。行けたらよかったけど。あの頃はスポーツセンターも仙台商業もあった。
遠回りのお陰でジャストタイムで会場についた。
早々に始まる、前回見かけた人達が沢山。見るからにアート系。使う言語が違いそう。
今日の先生は千葉からお越しの女性の優しそうな先生。
皆さんにお会いできて嬉しい、展覧会もとても良いと口上からはじまるんだけど、
世辞じゃなくそうおっしゃるので、とてもいい気持ちになる。
内容はタイトルにある通り「戦後の批評とその中での針生さん」がテーマ。戦前戦後高度成長現在と各時代に特徴があって、人や書籍言葉をピックアップしながらその輪郭を説明してくれた。そしてその中で針生さんがどういう事をしたのか、、、そんな話だった。印象的だったのは、戦前は美術の価値判断が画壇というヒエラルキーにおける偉い人の判断でなされていたのに対し、戦後は美術批評家が美術が社会に影響の良さを重視して批評による向上を考えていたことだった。
言葉がところどころ難しくて、この要約も多分に間違いを含んでいそうなんだけど、要はこのままじゃいかん!と思いながらがんばって活動した人が沢山居たってことなのかなぁ、と聞いた。
いずれにしてもエネルギッシュで羨ましい。
自分を省みて、諦めのような真逆のパワーが多い実感があり、我ながら貧しているなと思った。